我が家に天使がやってきた!!
不妊治療から約3年、我が家に天使がやってきた

待望の妊娠・切迫流産

あれからしばらくして、高温期が続いてので、もしかしたらと思ったが、まだ早いよね〜と自分に言い聞かせていた。 でも、気になって薬局で妊娠検査薬を買ってきて、試してみた・・・
ん?結果は陽性だった〜嬉しい。 でも、病院ではっきりそうだと分かるまでは黙っていよう。
主人には一応話したが、「えっ−又勘違いじゃないの・・・違ったら困るから様子を見て病院に行ったら〜」と何だかどうでも良いような返事!! ムッときた。
それから少しして、病院に行ったら、やっぱり出来ていた。 まだ、5週目だったので、後一週間したら、又来なさいと言われて。
しかし、先生は
「3年間諦めないで良かったね。 これからは体を大事にしてね。」と・・・
とっても嬉しかったよ〜早速、主人に電話をしたのに、
「そっか」と言っただけ・・・
嬉しく無いのかな〜って思いつつ帰宅。 
主人に話したら、「良かったね、でも実感が無いな〜」って。 そりゃ私だって実感無いよ。
でも、ちゃんと赤ちゃんの心音が確認出来るまで、内緒にすることにした・・・
次の日、軽い腹痛で目が覚めた・・・トイレに行ったら、薄く血が混じった織物が出た。
えっ、病院に電話をしたら、なるべく静かにして病院に来るようにと・・・
主人に電話したが、仕事が忙しく来られないという。 仕方が無く、母に電話をして事情を話してタクシーで病院に行った。
診察の結果は、切迫流産と言う。 えっ−赤ちゃんが・・・
張り止めの薬と出血止めの注射をして貰って、帰ろうとしたら、玄関に主人が来た!!
心配して来てくれたんだ・・・嬉しい。
入院はしなくて良いが、絶対安静を言い渡されて、すぐ実家に行く準備をしました。
当分、実家暮らし・・・持つべきものは母親かなからなんて思っちゃった。
毎日、寝てばかり。 食事とトイレ以外は寝ていなくてはダメだって・・・
これで赤ちゃんが無事ならいいな〜一週間後に病院へ。
相変わらず少し動くとお腹が張る感じ。 今度はエコーで赤ちゃん確認出来て、心音も聞けた生きていると安心。 薬は飲み続ける事になった。 1ヶ月実家で安静にしていたが大分張らなくなったので家に帰って来た。   
やっぱり家はいいな〜しかし、つわりは大変だ。 元体重から4キロ減っている・・・
朝お弁当を作るのが辛いが何とかやっている。 調子のいいときには家の片づけなどしていた。
4ヶ月になるのでいよいよ母子手帳が貰える。 嬉しい〜これで母になる自覚わ感じる。
ん?またまた、お腹が凄く張るぞー病院に電話すると、又切迫流産になり掛かっているかもしれないからと言われて病院へ。 今度は兄が休みの日だったので連れて行って貰った・・・
やはりそうだたので、実家に逆戻り(;>_<;)ビェェン
どうしてかな? 今度は胎盤が少し剥がれ掛かっているところが有るので絶対安静にと言われて。
アレレ、これで無事出産出来るのかなと不安になりました。 母親になるってとつても大変なんだね。
検査の結果、貧血も合って鉄剤も処方された。 あ−参ったな。
5ヶ月目のある日、胎動が・・・

その日は、湾岸戦争が始まっていて、ニュースで爆破シーンを見ていた。と同時に一瞬、お腹の中で何かが動いた。 えっ、これって胎動なの?
もう一度、ドーンと音がしたら、ぴくっと動いた赤ちゃん元気なんだ〜
7ヶ月今度は切迫早産気味に・・・

やっとマタニティーが似合うようになってきた。
相変わらず鉄剤は飲んでいる。 つわりも治まったが、今度はお腹がしょっちゅう張るのだ〜
あれれ、どうして。楽しいマタニティーライフを送るはずだったのに・・・先生に話すと車の運転を控えた法がいいと・・・ちょろちょろしているからだね。
そろそろ出産準備用品も揃えようと、母と赤ちゃん本舗へ行き、最低限のベビー用品を揃えて来た。 ベビーベットはリサイクルで購入。
赤ちゃんの名前も決まっている。 男の子なら、直樹か拓哉に。 それで、親戚に直哉がいるので拓哉に決めた。 女の子は、遙か絢佳。
と言うことでお腹の赤ちゃんも拓哉と呼んでいた。 次の検診で性別を教えて貰う予定!!
ピカママは絶対男の子だと思った。

すいかちゃん

ベビー用品も大分揃ったし、心構えもオッケー。 毎月の検診はナント、兄が休みの日を削って連れて行ってくれる。 さすがに40分の運転は無理だし、お腹が張りやすいので心配してくれる。 もう一人のお父さんだよ!!
お風呂でお腹を見たら、すいかが入って居るようにまあるい。 でも、小さいねって良く言われるが、どうなのかはわからない。
そう言えば友達はもっと大きいな〜
後2ヶ月で逢えるね。

9ヶ月目

いよいよお腹が重くなってきた。 足下が見えない。
あちこち痒くて赤くなっている。 足の付け根の痛いし、ますますお腹がはるよ〜
食事も少しずつしかとれないし、便秘気味。(失礼!!)お腹が邪魔でシャンプーも上手く出来ないのです。
家の中も何時生まれても言いようにセッティング出来ている。 

38週目、アレ天使が生まれたよ〜

38週目の前日、妊婦検診だった。 昨日は検診の後、兄が「ピカママきもっと栄養を付けたほうがいいぞー俺がステーキご馳走してやる」と言い、帰りに新札幌のデパートに寄りご馳走になった。
翌朝から38週。 前日の検診では子宮口が開いているとは言われたが、初産なのでまだだだねって・・・
でも、赤ちゃんは小さめなので預貸美よりは早いかもと言われていました。
朝4時頃、何となくお腹が痛くて目が覚めた。 いつもの様に張っているのかと大して気にしなかった。 主人には話して置いたが、多分大丈夫。
しかし、段々針が強くなってきて、心配で病院に電話!!
「昨日、診察したけれど、初産だしまだでしょう。 しばらく様子を見てまた電話して」と。
様子を見ていたが昼頃、少し血が混じっていたし、痛みが規則的に感じる。
母に来て貰い、2時頃再び病院に電話。 その時、痛みは30分おきくらい。
先生も多分出産になるだろうけれど、生まれるのは明日かな〜なんて暢気。
でも、段々痛くなってきて、会社にも電話。 すぐかえって来て貰うように言ったのに、帰って来たのは6時!! 痛みは15分おきくらい。
病院まで、40分掛かるのに、主人たらビデオを忘れたと取りに行った。 病院に電話したらすぐ来て下さいと。
待つこと10分。主人がやっと来て、病院へ!!
その時には、我が家は軽自動車だったので、助手席を倒して乗った。 とにかく痛くて、大変だった。
病院に着いて内診したら子宮口がほぼ全開なので、そのまま着替えて陣痛室へ。
家族はまだ当分先と言われて帰された。
が、ピカママは既に陣痛で戦っている人を差し置いて、分娩室へ入った。
まさかの出産。  しかし途中で陣痛が弱まって、陣痛促進剤を打った!!
激痛が襲ってきたが、何とか出産!!  嬉しい、いや赤ちゃんの泣き声がしないよ!!
逆さまにされ、叩かれて、針でつつかれやっと小さい声で泣いた。 良かった。
赤ちゃんは肺の機能が弱くてすぐ保育器へ。 2466gの男の子だった。
その子がひぐたくです。 ピカママはここから育児ママになりました。

2児の母へ

何故他が分からないが、全く同じ経路をたどって絢佳も産んだ。 38週で生まれて来た絢佳は少し大きくて2852gだったよ〜
二人とも不妊治療して、排卵誘発剤で出来たけれど、ピカママのかけがえの無い子供です。
母にしてくれて有り難う。
長い文章最後まで読んでくれて有り難う。 今年はピカママがひぐたくを産んで10年目なので
昔の事だけれど書いてみました。 もう一度初心に戻って育児をするために・・・
おまけ・・・2001年5月1日〜子宮ガン検診

5月の連休前に、毎年受けている「子宮ガン検診」に行ってきた。 今回は他に気になっていた「高プロラクチン」の検査と「子宮内膜症」の血液検査もして頂いた。
結果は全部大丈夫でした。  良かったよ〜!!
ただ、右下腹部が時々、突っ張る感じの痛みに関しては?だったけれど、内診も異常なしだったので、もしかしたら何処が癒着しているかもしれないとの事だ!!
又、来年検診を受けよう。 あー今回は、ピカママの行っている産婦人科では乳ガン検診をやっていないので、その内外科に行ってやって貰う予定です。
だって、今年は年女だし、一度他の健康診断も受けて方が良いのかもしれない・・・
2002年6月29日(金) 子宮ガン検診
今年は誕生日に行こうと思っていたが、忙しくて延び延びになっていた。
でも、考えたら来月も役員で忙しいし、夏休みになったら毎日子供達がいるから、思い切って行ってきた。
女は検診が何時でも良いって訳にいかないよね・・・生理が有るから。
今年もいつも通りに検診して貰った。
内診・エコーともい゛しょうが無いようですが、念のために内膜症の血液検査もして貰った。 結果は2週間後に行って聞いてくる。
何やら先生は、「何処にも異常は無いが、一寸子宮の動きが悪いと」言っていました。 それって年を取ってくるとそうなるのかな? 体質? 詳しいことは聞いてこなかったが・・・
年に一度の検診。 30歳を過ぎたら皆さん受けましょうね。